以前、こちらの白亜が黄色っぽいということを書いたことがある。使っている白亜はboesnerで買ったもの。こちらで使われているすべての白亜を比べてみたわけではないので全てがそうなのかはよく判らないのだが、確かに黄色い。模写の件でお世話になっている韓国人のチャンさんも確か同じようなことを言っていた。ところでこの白亜を油で練ってみるとその違いはさらにはっきりしてくる。日本で使っていた白亜がグレーになるとすれば、boesnerの白亜は茶色くなる。色味が強く出てしまう上にかなり暗い色になってしまう。もうひとつ、ここの白亜で練った絵の具はどうも可塑性があまり出ないようだ。通常白亜はシルバーホワイトと比べ、粘り気は少なくさらっとして可塑性がある。なので筆の運びがよくなるし、筆跡も残しやすいし形もだれない。シルバーホワイトだけで練った絵の具は、生のリンシードであれば、ある程度形を保つものの、それでは乾燥に1週間以上の時間がかかってしまう。加工油、例えばサンシックドリンシードなど、とろみのある油で練ると、乾燥は早まるものの、描いて5分もすればでれっと形が崩れてしまう。場合によっては流れてくる。なんとかするためとにかく固練りにすると、今度はかたすぎて筆が動かなくなる。そんな問題を解決するために市販の油絵の具のシルバーホワイトの中にも一定量白亜が含まれているものが多いようだ。一つには絵の具としての扱いやすさのため、一つには増量剤として価格を抑えるため。(もちろん可塑性のためにはそのほかの添加物も使われている。)…面白いことにレンブラントの時代にもこのような白亜の使用はされていたようで、仕上げ層では純粋な鉛白が使われる一方、主に下層においてこのような白亜を含む鉛白の層が見られるという。この2種類の白の使用は主に経済的な理由からだとも考えられているようだが、レンブラントの絵の可塑性にも関係があるのではと思い、今回実践してみようと練ってみたのだが、なぜか、鉛白以上に形を保たなかった。その上鉛白みたいに糸まで引く。日本の白亜で練った場合は確かにはっきりとした可塑性があったのに。仕方がないので生のリンシードで練って無理やり可塑性を出してみたが、4日ほどたってもまだ中はほとんど乾いていない。形も保たず、色も茶色いのでは、あえて使う意味もほとんどないようだ。ほかの白亜も試してみるかな。ちょっと考え中。いずれにしても素材というものはデリケートなもののようだ。同じ「白亜」と名前が付いているものでもこれだけ違う。しかも時代が違うレンブラントのころの素材ともなれば、油、顔料、筆…に至るまで全てにおいて違いがあるだろうことは言うまでもない。プラモデルのように部品を設計図通りに組み立てれば間違いなく目的のものが仕上がるといったものではないのだということをリアルに感じる。おそらく仮に、素材と技法に関する全く正確なデータがでそろったとして、全て、そのままの方法で描いてみたとしても、素材そのものの微妙な性質の違いから、たぶん結局は同じような効果にはたどり着かないのではないかとさえ思う。
もちろん、今知りえる範囲のことは可能な限り実験してみたいし、そこから、当時絵描き達が素材とどう向き合ってきたのかを追体験しながら考える。そのことには大きな意義がある。しかし最終的には絵描きとして作品の中から直に感じ取れる作家の息使いのようなものと対話できることのほうが重要だ。中学生の時、初めて画集でレンブラントを見たときの驚き、「何だろう、この光の美しさは…。何だろう、この不思議な筆跡は。」そんな単純なことのほうが実は重要なことだ。
そう、今回自分がやろうとしていることは考古学ではない。
それはそうと、もう1月も残りあと2日。早く許可よ来い!