ベルギーその2(Etienne Delacroix氏)

(…3日前に書いた文の続き…。) 作家の名前はEtienne Delacroix氏。実はKay君の今のアトリエはもともと彼が使っていたアトリエらしい。挨拶をすますと彼はいきなり自分の作品について語り始める。こちらがフランス語がわからないとわかると英語に切り替えるが、その英語もたいしてわからないから困ったものだ。でも構うことなくしゃべり続けてくれるおかげで何となくおおざっぱに言うことが理解できてくる。彼の仕事にはいくつかの段階があるようだ。まず最初はライブスケッチ。毎日のようにカフェに行ってそこに来る様々な人物を描きとめる。音楽や人々の話し声、そんなざわついたカフェの活気のようなものが伝わるスケッチが何冊ものスケッチブックにあふれ返っている。次にはそれら自分の目と手で確かめた記憶の集積をもとに画面を再構成する。それらはスケッチブックから切り離され一度描かれた画面の上にさらに別の人物を重ねてみたり、一枚の絵と別の絵を組み合わせたり、という画面とのやり取りが行われる。次に行のサムネール画像われるのはコンピューター上の作業。自作のコンピューターを用いて出来上がった絵を一度プログラミングにより描き直す。そして新聞紙にジェッソのようなものを塗った画面にプリントアウトする。その上に再度直筆の作業が繰り返される。場合によってはある絵の部分と別の絵の部分を切り貼りして新たな構図を作り出す。気の遠くなるような作業の繰り返しだが、そうして生まれた作品の膨大な量を見る限り、彼の持つエネルギーは気の遠くなるようなものだ。一年中ここで缶詰になって制作しているのかと思いきや、一年のうち、かなりの期間はブラジルで教鞭をとっているようで、以前にはマサチュセッツでも教えていたらしい。ここにアトリエを構えたのは1年前の事らしく、たった1年でアトリエをここまで作り上げたことだけでも驚きに値する。彼は制作の多くの部分に自作のコンピューターを使う。彼にとってコンピューターは筆と同じような道具のひとつのようだが、同時にそれ自体が表現素材の一つでもある。膨大な量の骨董品のようなコンピューターの基盤、パーツは、時にまるで自分のデッサンを切り張りするのと同じようにそのまま組み合わされ、作品化される。デジタルとアナログが一体化したような制作の姿。結果的に出来上がってくる作品自体無機質さはなく、むしろ泥臭い土着の何かを感じさせるところはヨーロッパ的と言えるのだろうか。

ひとしきり自作について語った後、我々のために手際よく食事を作ってくれ、近所の案内がてらいつものようにカフェに出かけるという。スケッチブック片手に道具の入ったリュックサック、そのほかにボロボロの台車付きカバン。いったい何に使うのか。楽しそうに街を案内しながらここの餃子はうまいとかなんとかいい、ラーメン屋に入る。今食べたばかりなのにまだ何か食べるのかと思いきや、奥から店員が何かを持ってくるのを受け取りまた外へ。見ると紙製の卵のケース。いつももらいに来るらしい。そう言えば先ほどアトリエにも大量にあったっけ。作品に使うのか、様々な部品の整理用なのか…。台車付きのカバンはそれを入れるためのものだった。さらにあちこち歩き回り、一軒のカフェに入る。まだ夕方で客の姿はまばらだが、奥には舞台があり、夜には演奏を聞きながら多くの客でにぎわうという。それまで自分はここで仕事をするからと、Kay君に近所の面白そうな場所を説明し、いったん別れることに。市庁舎前の広場や小便小僧の像など、ガイドブックにも出てくるような場所をわけもわからず歩いてみる。実は事前の調べをほとんどしていなかったので、どこに何があるのかさえあまりよくわかっていなかった。あたりが暗くなった9時ごろ、再びカフェに戻る。客も増え、舞台ではバンドの演奏が始まっていた。Etienne氏は持ってきたパソコンに向かいながら時折演奏に拍手を向けたり周囲の人と楽しげに話したりしている。「自分には何十年も家がなかった。ずっとホテル住まい。アトリエは必要ない。カフェがあればいい。」何となくその意味がわかるような気がした。一緒の席に座りながら特にお互い話すわけでもなく(実際話そうにも演奏の音が大きくて聞こえない。)それぞれパソコンに向かったり、スケッチしたりとばらばらに過ごす。言葉は必要ない。ただ同じ場所にいるというだけで時充分に贅沢な時間だ。帰り際、さっきのラーメン屋の前のごみ捨て場でまた卵の容器と何かのビニールケースを拾ってカバンに詰める。お互いなんだか幸せな気分だ。まさか、ヨーロッパのベルギーで夜中12時近く、ゴミ捨て場でゴミあさりをしている自分をどうやって想像できただろうか。これを”格別”と言わずしてなんというだろう。
アトリエに着いた後、サラダを作って食べさせてくれながらさらに作品について語り続けるEtienne氏。夜中の1時過ぎ、おもむろに工具を手に取り作業をはじめる姿に脱帽する。

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