今日で完成させた。前回の模写が20日間。今回のほうがサイズがだいぶ大きいにもかかわらず思ったより早く仕上がったのは、こちらが慣れたこともあるが、描き込む部分がほとんど顔に限られていたことに加え、晩年のレンブラントが緻密な描写と工芸的な完成度から、よりラフでブラシストロークの自由な表現に向かっていったことによるだろう。加えて作品の現状が多くの亀裂やニス焼けによる変色、また、展示場所の高さのため細部が見づらくなっており、ディテールのつじつま合わせより、全体感を優先するようになった結果ともいえる。かえってそのほうがレンブラントの勢いを殺さずに描けてよかったように思う。色については極力ニス焼けの黄ばみを取り去った色を意識したが、いつかこの絵の古いニスが取り去られた時、このような色が下から現れるかどうかはその時が来るまで楽しみにするしかない。隣りで描いているKay君に終わりにするよと伝えると、お客も多い中大げさに喜んでくれる。「…ところで今日誕生日なんだけどこの模写くれないか?」何言い出すかと思ったらホントに誕生日だったらしい。模写の代りに日本から持ってきたイタリアンピンクの絵の具をプレゼントする。
イーゼルを片づけに行くと、二人のよく見る監視員のおじさん達がいた。イーゼル置場のカギをあける担当とは違うようだが、一人はよく通りがかって声をかけてくるので印象に残っている。イーゼルを片づけていると中まで入ってきて話し始める。Kay君が「Osamuが今日仕上げた」というと何やら作品を見ながらああでもないこうでもないとしゃべくりまくる。ちっとも意味はわからないが、後から聞くと、「何十年かに一人のベストコピーストだ。」とかなんとか言っていたらしい。これは売らないのかと聞くので自分のために描いたものだと答える。もう一人の明るいおじさんが、「いや、この人は買いたいんだって。」という。「いくらで?」と聞くと、「quinze euros!(15ユーロ)」何十年に一人の絵描きの模写が15ユーロだって…。材料費にもなりゃしない。別のコピーストも加わってしばしの和やかな時間となった。
その後Kay君が次にダビッドかアングルあたりの模写をしようかと思っているがどうしようかというので一緒に観て描き方など相談にのってみる。彼曰く、レンブラントの作品が好きで今回やってみたが、絵の具のマチエールがほとんど彫刻のようで油絵初めての自分にとっては絵の具そのものの扱いにかき回されてしまった。今度はもう少し滑らかな絵をやってみたい。とのこと。ダビッドの作品もいいが、非常に短時間で描かれたようないい作品は模写をするのは難しく、時間をかけて描かれたものの中に、あまり気に入ったものがなかったようで、それならアングルのほうでいいんじゃないかという話に。たぶんアングルのほうがある程度システマティックに描くことができるので模写はやりやすいかもしれない。ただしデッサン力はそのまま出てしまうので、そういう難しさはあるのだが。アングルについては具体的な使用メディウムや、作画手順についての詳しい資料を持っていないので確信を持って教えてあげることはできないが、数多く展示された作品を見ながら画面を通して推測できる限りの手順についてアドバイスしてあげる。しかし、このように一人一人の作家について多くの作品が展示されている環境はうらやましい。知りたいと思ったことはルーブル自身が教えてくれるのだから。「いつかはぼくの代りにレンブラントの(エマオの晩餐)をやってよ。」というのが最後の結論。
ルーブルを出て、ちょうどパリに来ていたkay君のお父さんと一緒に食事をする。食後にはカフェの陽のあたる外の席でコーヒーを飲みながらゆったり過ごす。こんな時間の過ごし方は日本に帰ったらできないだろうなあ…。