ルーブルでの自分の模写の仕事は終わった。しかしこれから私と同じようにここで模写してみたい人のためにいくつか書いてみようと思う。12月ころのブログで自分自身の手続きの苦労は書いてきたつもりだが、あんまり細かいところまで書いてライバルが増えてしまっても困るので全ては書いていなかった。今はもうそんな心配もないのでわかる限りの事を書いて後の人の役に立てたらと思う。自分自身がその当時、そんな情報があれば…、と心底思っていたのだから。
さて、まず、申請に関する規定の書かれた書類はルーブルのピラミッド下のインフォメーションに行って聞けば出してもらえる。問題はその後だ。インフォメーションではそれ以上の情報はたぶん何も聞きだすことができない。たぶん知っている人がいない。書類に書かれた電話番号に電話しろと言われるが電話してもほぼ間違いなく留守番電話につながり、伝言を入れても答えが返ってくることはほぼ期待できない。とにかく申請場所に行って聞きたいのだが、それも知っている人がいないか、間違ったことを教えられたりする。書類を持って申請すべき担当にたどり着くことがまず問題になるのだ。(自分の場合はその段階で結局1ヵ月半を費やす羽目になった。)
実際はインフォメーション目の前、斜め右に見える、入り口に確か「GROUPES」とか何とか書いてあったと思うが…、そこを入って左の階段を上った先、一般の人が美術館の企画で体験授業をするようないくつかのアトリエがいくつかあり、その奥に壁面がガラスブロックのようなものでできた模写事務所がある。特に模写事務所と言った表記はなかったように思う。実際いくつかのセクションが集まった部屋のようで、その一番奥に模写担当の部屋があった。
模写の申請はいつでもできるわけではなく、毎週木曜日の午後(こちらの「午後」はたいてい2時過ぎから。)に限られる。その時間に事務所前に並べられた椅子に座って順番を待つ。今回私の面倒を見てくれた先輩コピーストのチャンさんによると、誰もいないからと直接中に入ったら中にいる他の職員にえらく怒られたという。あくまでもおとなしく外の椅子で待ってなきゃならないらしい。実際最初に行った時は誰も人が待っておらず、しばらくたって仕方なくドアを叩いて中の職員に聞いたところ、年明けで担当官は来ていなかった。しかしそこでわかったのは担当官が来ていないということだけ。それで誰かかわりの人が出てくるわけでもなく、いつ来れば会えるのかを教えてくれるわけでもない。とにかく「担当がいるときに来なさい。」…それだけ。
申請に必要な書類は…。
- 申請書
これがどこでもらえるのかは、実は知らない。自分の場合、すでに模写申請経験のあるチャンさんからもらって書いたので自分で取りにいくことはなかった。事務所に直接行ってもらうことはできると思うがその場合、それだけのために1日を使うことになる。
申請書には実際模写したい作品とそのサイズや実際に模写しようとするサイズ、作品のある部屋、などを書くようになっている。サイズについては対象となる作品の原寸大に対し20%分拡大するか、縮小しなくてはならない。対象作品についての詳細はルーブル美術館のホームページの中のデータベース、「Base Atlas」の中で検索すれば調べることができる。
http://www.louvre.fr/llv/oeuvres/bdd_oeuvre.jsp?bmLocale=ja_JP - 大使館からの証明書
外国人の場合に必要な書類。これには確かにこの人が現在ここに住んでいる日本人で、ルーブルにあるこの作品を模写したいと願っているというような内容が書かれている。あらかじめ日本大使館の広報文化部に予約しておけば書類自体はその日のうちに出してもらえると思う。 - 滞在許可証
基本的にこちらに住んでいないと許可をもらうのは難しいと思う。旅行者でも申請はできるよう
だが(その場合はパスポートを持っていく。)、申請から許可が下りるまで通常2から3カ月かかるため、実質長期ビザなしでの滞在期間をこえてしまう。以前、アメリカ人だったか、ホテルに泊まりながら模写申請した人があったそうだが、事情を話して早く許可をくれるよう再三かけあったにもかかわらず、結局がんとして受け入れなかったとチャンさんは話していた。 - 顔写真
パスポートサイズ
それぞれのものはオリジナルの他にコピーを用意したほうがよい。以上の他に規定には書かれていないが特に初めての場合は申請の動機のようなものを書いたものを出した方がいいとチャンさんは言っていたが(特に書式があるわけではない。)、自分の場合、すでに準備して模写事務所のほうにあらかじめ書留(フランスの場合、重要な書類はすべてコピーをとって自分でも所持したうえ、きちんと相手に届いたことが確認できる書留で送るのがやり方らしい。)で郵送してあったのであった。必ず必要なものかはよく判らないが、やっておければそのほうがいいかもしれない。
これらを持って実際に木曜日の午後に模写事務所に申請に行く。できるだけすべてのものをきちんと揃えて行ったほうがいいようだ。例えば何か一つ、ちょっとしたものだけでも足りないと、(それが単にコピーのとり忘れだとしても)じゃあ、また来週。ということになってしまい、手続きは簡単に1週間2週間と先延ばしにされてしまうという。実は私も一度何かの書類のコピーをとり忘れていたがたまたまその時は担当官がその場でコピーをとってくれて、横にいたチャンさんが「今日は運がいい!」とほっとした顔をしていたことを思い出す。
今回の私の場合は申請から許可が下りるまで2週間だった。しかし模写希望者は数が多く、一方受け入れ人数は90人ほどと決まっており、誰かの作業が終わってからでないと次の人が入れないため、通常許可が下りるまでは2から3カ月かかるようだ。また何枚か続けて描こうとしても、通常一度に何枚も同時申請はできず、一枚目がが終わって作品を搬出した段階でもう一度次の手続きを最初から始めなければならない。例えば同じ部屋で描いていたKay君は次回の模写は9月からになったという。
今回私の模写が約5カ月の間に3枚描けたのは様々な幸運があったのだが、一つにはできうる限りの書面をそろえたことがある。具体的には文化庁が発行してくれた研修員の証明書、大使館にかけ合って出してもらった推薦状(時間がないので早く許可を出してもらいたいとの事情を書いてもらった。)、それからパリのボザールの教授にお願いした推薦状、最後には今回の模写に関する自分自身の動機、を今までの経緯を交えて詳細に書いた書類。もうひとつ幸運だったことは幸運にも仲介をしてくれることになった同じコピーストのチャンさんが担当官ととても相性が良い人だったこと。おかげでその後の手続きも彼女の信頼もあってスムーズになったことは確かなようだ。残るは実際描き始めてからの美術館での実績ということになる。たとえ最初の許可が得られても、その後の作業で問題を起こしたりすれば次の許可は下りない。見ていないようできちんと見られている。通常1枚3カ月与えられる時間の中、1枚1カ月ペースできちんとした質の仕事をしたことはたてつづけに3枚の許可が下りたことと無関係ではないと思う。
全てが終わった今、いったい今書いたどんな要素がいい結果に直接つながったのかははっきりわからない。ただ幸運だったと言ってしまえばそうかもしれない。いずれにしても、ここでの手続きの大変さは少しわかってもらえたかとは思う。しかし大変さはあるものの、一度うまく歯車が合えば驚くほど事が早く進んだり、柔軟な対応が得られることがあるのも確かなことだ。恐らく規則が第一の日本ではこのような展開は望めなかっただろう。
もうひとつ、芸術に関する受け入れ態勢という点でも感謝すべき点は多い。考えてみるとここで模写をするのに国籍、職業は一切関係がない。とにかく申請手続きさえきちんとこなせば模写をするのに何の料金もかからないばかりか、与えられた期間内は自由に美術館に出入りできる。つまり入場料を払う必要がない。スケッチブックに描くようなデッサンに関しては模写の申請すら必要なく、だれでも自由に描くことができる。写真撮影は(ルーブルの場合)フラッシュさえたかなければいくらでも撮ることができる。
日本の美術館の状況とそのまま比較するべきではないというのはわかっているが、芸術作品を身近なものとして開放するこのおおらかな対応をうらやましく思えるのはいたしかたないところだ。
…書き忘れていたが、ルーブルにおける模写の可能な期間…9月から6月まで。7月8月は描けないので注意。
以上全ては2011年現在の話である。…しかし基本的なことはシャルダンの時代から変わってないらしい。さすがフランス。