絵の具のこと

時々聞かれる質問だが、「どこの絵の具を使っているんですか?」

その答えとしては今のところ「主にミノーの絵の具です。」…ということになる。ところでどうしてもミノーじゃなきゃ描けないかと言われると、正直言ってそうでもない。例えばメーカー名を伏せて出された任意の絵の具を筆にとってみて、これは「どこのメーカーの何色です。」なんてことが当てられるかと言えばおそらくかなりの確率で外すだろうと思う。そんなソムリエみたいな才能は持ち合わせていない。ただ、自分がいつも使っている色に限って言えば、メーカーそれぞれ使っている顔料が違うので、違うメーカーのものかどうかの2択であればまあまあの確率で当てることはできるかもしれない。特に天然の土製系顔料については産地によってもかなり色に違いがあるようで、この色はここのメーカーのものじゃないと…というような各自のこだわりはあるだろう。自分の場合、バーントシェンナはミノーのものが使いやすい。たぶん材料は天然ものの土ではなく酸化鉄を主成分としているんじゃないかと思うが、非常に色が鮮やかでしかも透明感が強いので、それに慣れてしまっていると、他社のものがえらい鈍く感じてしまう。一度ミノーが生産停止になった時、非常に困ったことをよく覚えている。フランス滞在中、レンブラントの模写をするようになってから使うようになったバンダイクブラウン、向こうにいる間は主にBOESNERというドイツの画材メーカーから出ていた顔料を使って手練りするか、または日本では見たことのないオランダのOld Hollandというところからから出ているチューブ入り絵具を使っていた。両者とも茶系と言ってもほとんど黒に近い発色で、しかも透明性が高い。同じバンダイクブラウンでもセヌリエのものは茶色が強く透明性もあまりなかったので模写をする上では合わなかった。隣で模写していたKay君がはじめ使っていて、どうもうまく色が出せないというので比べてみて気づいたという経緯がある。http://www.osamu-obi.com/blog/2011/02/post-57.htmlいま日本で制作する上では近所にBOESNERがあるわけでもなく、しかも顔料から練っているわけでもない。Old Hollandの絵の具はこちらで見たことがないし、あったとしてもちょっと値段が高い。ミノーのものはどちらかというとセヌリエのものに近い発色をしているのでちょっと使いづらい(あくまでも自分との相性のことであって、製品としての質の話ではない。)。いろいろ試してみたが、レンブラント(画家名ではなく、製品名の…)のバンダイクブラウンが合うようで、今はもっぱらそれを使っている。

そうした顔料の違いを別にすれば、どこのメーカーのものを使っても、ある程度自分でメディウムを加えて自分に使いやすい絵の具状態に調整してしまうので、ちょっと乱暴な言い方をしてしまえば、どこの絵の具を使っても自分の絵にはすることができるともいえる。
一つだけ、絵具ではっきりとこだわりがあるとすれば、シルバーホワイト。自分のように絵具の可塑性を生かした絵を描こうと思った時に、白の使用量は他の色と比べて圧倒的なものになる。白絵の具の物性は作品全体の”手触り”そのものを決定してしまうと言っても過言でない。古典絵画の時代から使われているシルバーホワイトは他の白色絵の具に比べ、独特の粘りがある。その粘りがマチエールに丸みと厚みのあるどっしりとした重厚感を与えてくれる、最も堅牢で乾燥性の良い絵の具。残念ながら現在、ヨーロッパの画材メーカーではほぼすべて生産が中止されており、今は日本でしか手に入らないと言っていいほどの状態だ。日本のメーカーで作ったシルバーホワイトと言っても各社、その練り合わせ材には違いがあって描き心地はずいぶん違う。変色を避けてポピーオイルで練られたもの、堅牢性を意識してリンシードオイルで練られたもの、油自体も生の油、ある程度重合させた油と、使用されている種類も様々だ。それに加え、乾燥促進剤やチューブの中での分離防止剤、描き心地や練りやすさの調節のための白亜の混入など、細かい数字は知らないがシルバーホワイトと一言で言っても製品としての絵の具の中身は各社様々のようだ。

そんな中、現在のところ自分にとってもっとも使いやすいのはミノーのシルバーホワイト。たぶんここのシルバーホワイトがほかのどこのものよりシルバーホワイト独特の粘りが強い。おそらくある程度重合させたオイルを使っているのかと思うが、知らない人が使うとあまりに粘るので筆が動かしづらいと感じるのではないかと思う。なので一般的にはクセが強すぎて売れないんじゃないかと少し心配している。そんなことでまた生産中止になってしまっては困るので頼まれてもいないのに人に宣伝しているくらいだが、自分にとっては非常に使いやすいいい絵具だ。…ただしそのままでは自分にとってもやはりちょっと使いづらい。実際に使う時にはまずパレット上でスタンドオイルを主とした油を使い、使いやすい粘度にペインティングナイフで簡単に練り合わせておいてから使っている。そのことでシルバーホワイトの持つ独特の粘りを保ちながら、伸びのいい絵具となる。さらに練った絵具はパレット上に数日放置し、使う時には表面に張った皮を破って中身を使うようにしている。その方が、さらに絵の具に粘りが出るからだ。そんなわけでパレットの上にはいつも1色につき2つずつの絵の具の山ができている。一つの山の絵の具が無くなったらまた新たに絵の具を練り、それが熟成するまでにもう一つの山の絵の具を使うというサイクル。シルバーホワイトについては筆に絵の具をとる時にちょっと糸を引くくらいが自分にとっては使いやすいのだが、今まで使ってみた範囲では、ほかのメーカーのものはなかなか糸を引いてくれない。一般的には糸を引くような絵具は不良品ということになってしまうのだろう。わざわざ糸引き防止の助剤を入れて、サクサクとした筆運びの楽な状態に調整されているようだ。自分としてはシルバーホワイトのいわば”クセ”の強い部分を最大限に生かしたいのだが…。

そんなわけで現在のところ、シルバーホワイトはミノーの絵の具を使っている。唯一不満があるとすれば、ちょっと乾燥が早すぎることか。急いでいるときはいいが、じっくりやりたい時には乾きが早いので比較的に早い時期から画面上で絵具が動かしにくくなってしまう。ところで、去年1年間フランスに行っていたのでその前後に出た「春蔵絵の具」やホルべインの「ヴェルネ」についてはまだ実際試していない。そのうちちょっと試してみようかと思っているが値段的にはちょっと高いのかな???

いずれにしてもどこのメーカーの絵の具が最もいい絵の具かという絶対的なランク付けをしようとすることにはあまり意味がない。要はどんな表現をしたいかによるのだから。それに合わせて各自適した絵の具も決まってくるのだろう。

もしミノーのシルバーホワイトを使ってみようという人がいたら一言。そのまま使うと結構硬いですよ。ちょっと油を足したほうが使いやすいと思う。いずれにしても、重厚なマチエールを求める人向きの絵の具だと思うので、印象派のような軽やかさを求める人向きではないかも知れない。

最後に一言。私はどこのメーカーの回し者でもない。あくまでも自分で使ってみた使い心地を言っているにすぎないので、ここに書かれた製品の品質を保証するものではない。その辺はご理解のほどを。

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