下地のお話。

 

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通常、私は油彩を描くとき、2種類の下地を使い分けている。

大体30号以内の作品は板地、それ以上の大きいものはキャンバス地。基本的には私は板地の方が好きだ。キャンバス地の方がいいという人たちの中にはあの筆をおいた時のクッションがいい。という意見が多いのだが、私はどちらかというとその逆で、どっしり受け止めてくれる板地の方が描いていて心地いい。それから特に写実系の画家たちの場合、キャンバスの目が描き込みの邪魔になるという問題がある。できるだけ平滑な下地を施そうと思えばキャンバスよりも板の方がずっと作りやすいという事情もある。そんなわけで本当ならすべて板に描きたいところだが、板地の問題は、重いということ、それから大き

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なパネルを作ろうと思うとベニヤ板を継がなければならないというサイズの問題がある。もちろん木枠を買って木枠のサンの部分で継げば作れるのだが、長い年月を考えると、ちょっとした伸縮やずれで継ぎ目にそった亀裂が生じないとは言い切れないような気がする。それに作品が大きくなるほど板地の重さは半端じゃなくなる。そのうえ額縁自体もかなり重くなることを考えるとあんまり重いものにはしたくない。そんな事情でベニヤ板1枚ではとれなくなる50号あたり以上は基本的にキャンバスに描くようにしている。

板地の場合、水性白亜地を塗布している。ファン・アイクら、フランドルの画家たちの時代から一般的に使用されてきた下地で、膠を接着剤とした塗料。北方の画家達の下地を見ると膠引きされた板の上に直接ごく薄い白亜地が刷毛塗りされていて、よく見ると板の木目がはけ跡と一緒に見えていたりする。そのくらいの塗りならば、たぶんそのまま使っても油の吸い込みもちょうどよく、また、厚塗りしていない分、ひび割れの危険性も少ない下地状態なのだろう。現在板地を作ろうと思うと使われるのは主にベニヤ板になるのだろうが、かつらむきした木材を木目が縦横交互になるように何層にも圧着させたベニヤは木材の湿度変化による伸縮の動きはむしろ少ないという点で、昔のパネルよりも安定した基底材であると言えるかもしれないが、一方、その耐久性は、建築材料として、おそらく数十年の耐久性しか考えられていないのではないかという点では、多少の不安は残る。もちろんその耐久性は作品の保管環境によってずいぶん違ってくるものだろうとは思うが。そこで自分が板地を作るときにはパネルの補強と塗料と地との食いつきをよくする意味でパネルに薄い綿布を膠で貼りこみ、その上に塗料をへら塗りすることにしている。この場合、板にじか塗りするよりはたくさんの塗料を使うため、吸収率は高くなる。それを調節するために主に乾性油を使った色液でインプリマトゥーラすることで画面にあらかじめ中間色を入れながら画面の吸収性を適度に調整するようにしている。

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 さて、キャンバスに下地作りをする際には水性白亜地をそのまま使うには危険がある。ごく薄く布目を生かす程度なら水性地でももつかもしれないが、ある程度目をつぶすくらいの厚みを持たせた場合、接着剤としての膠は硬く柔軟性に乏しい素材であるため、板のような動きの少ない基底材ならともかく、キャンバスのような押せばへこむような素材に対しては割れる危険性を考慮しなければならない。そこで水性白亜地の中に乾性油を乳化させたエマルジョン地を使用している。これは堅い膠の中にスタンドリンシードオイルのような重合度の高い油を分散させることで、いわばゴムひもを混ぜ込んだような効果をもたらす。大学で教えるときは出来上がったエマルジョン塗料をかなり薄めて何層か刷毛塗りさせる

IMG_9669.jpgが、自分でやる場合は硬めのまま、ゴムベラでしごくようにのせながら、キャンバスの目の凹凸が消えるまで何層も重ねていく。

 ちょうど今、次の作品に向けてこの2種類の下地を作っていたところなので、写真で撮ってみた。見た目でもはっきり違うのはわかると思う。キャンバスのエマルジョン地の方が明らかにグレーがかっていて、下の布が透けて見えている。理由はいくつかある。

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1つ目は塗りの厚みの違い。板地の場合は平滑にすることを優先できるのでキャンバス地よりもやや厚めに塗料を塗っている。キャンバス地の場合、目は充分つぶすものの、割れ防止のため、可能な限り塗りを薄くした結果、布目の凸部にはほとんど塗料がのっていず、透けて見えている。

2つ目。油が入ったことによる発色の違い。同じ白亜を使っても何を使って溶くかによって色はまるで違ってくる。膠のような水性のものを使うと白亜はかなり不透明で強く発色する。しかしこれを油で練ると白亜は透明化してしまう。エマルジョン地に乾性油が含まれることによって塗料が透明化し、基底材のキャンバス地がより透けて見えた結果でもある。さらにこの地は時間の経過とともにさらに変色する。1年もすればやや黄ばんだグレーになる。特に暗所に置いていた場合、この変色はより強く出る。(しかしそれを再び明るい場所に戻すと数週間で再び明るさが少し戻ってくるのだが。)私の絵の場合、下地の白はそのまま生かすのではなく、初めに褐色がかったインプリマトゥーラを前面にかけてしまうので全く気にならないが、もし下地の白を損ないたくない場合はあらかじめ、塗料の中に少量のチタニウムホワイトを混ぜ入れておけばある程度黄変を防げる。

前回に続き、長々思いつくままだらだら書いてしまったが、豆知識と思って読んでいただければ幸いです。また、このへんのこだわりは絵描き一人一人ずいぶん違うものだと思うので、これを「正しいやり方」などとは思わないでください。あしからず。

1件のコメント

  1. 宮永汪仁
    2014-07-23

    ほとんど素人の者にとって、作品の制作過程について聞かせてもらえるのは、初耳の話ばかりでとても新鮮です。改めて作品を見るときに新しい発見があるだろうか。

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