世のお父さん方は短いお盆休暇を利用して、家族旅行やら遊園地に行くなど普段できない家族サービスをしてるんじゃないかと思うのだが、我が家の場合、このお盆休みの期間、大学の通信教育のスクーリング授業とばっちり重なってしまい、2週間もの間全く身動きがとれない。夏休み、毎日暇をもてあます子供たちをもてあます妻にとっては、悪夢のような真夏というわけ。このまま終わっては大変なことになる・・・というわけで先日思い切って家族旅行にでることにした。行き先に選んだのは蓼科、そして美ヶ原。美ヶ原は幼い頃から何度か家族旅行で訪れていた思い出深い場所。もう40年近く前のこと、まだ確かビーナスラインなんてものもなく、車もまともにすれ違えないような細いガタガタの山道を、おんぼろバスに揺られて登っていったように記憶している。その頃はまだ山本小屋のあたりにバンガローがあって、父親と二人、寝袋みたいなもので泊まったように思う。
実は何年か前にも車でちょっと行ったことがあるのだが、そのときはなんと山が雷雲の中だった。大嵐みたいな中をなんとか山本小屋までたどり着いたのだが、勿論視界は20メートルがいいところ。何も知らない子供たちにこの先数キロにわたって美しい草原が広がってるなんて想像さえさせられないような有様で、10分ほどの滞在の後、駐車場だけしか見ないまま、そそくさ退散したのだった。
今回は先週台風が通り過ぎた後なのですっかり安心していたのだが、いったん西の方に去って行ったはずの台風がご丁寧にもUターンして関東を直撃するかもしれないらしいニュース。しかも南の海でしっかり栄養補給までしてきているって言うじゃないか。でもすでにホテルは予約しちゃってるし、これを逃すともう他に日にちもない。俺、なんか悪いことでもしたっけな?
長距離移動にはやや心許ない我が家の軽自動車に荷物を詰め込み家を出る。途中高速が激しい雨で速度制限にあい、それもあってかはやくも渋滞に巻き込まれる。トンネルの中、歩くのと変わらない速度で走ること1時間以上・・・。やっと入ったパーキングエリアのコンビニは人でごった返し、早くもへばりそう・・・。結局昼過ぎには蓼科あたりで昼飯でも・・・、の予定が4時過ぎにやっとの到着となってしまった。初日の目的地のペンションに到着するのがやっと・・・。それでも次第に涼しくなり、車の窓を開けて新鮮な風を感じながら普段とは違う風景の中を走るだけでも気分はよかった。
2日目は朝食の後しばらくあたりを散策し、牧場で牛やら羊、豚やウサギとふれあったりして過ごし、いざ、山へ。白樺湖からビーナスラインに乗って上を目指す。天気予報では午前中は曇りで午後から雨だという。車山あたりから霧ヶ峰あたりまでは見晴らしもよかったのだが、そのあたりから次第に雲行きが怪しくなり始め、さらに行くと一面霧で真っ白に。危ないのでライトを点灯して走ることにした。1時間半ほどし
て美ヶ原に着いたときには雨や雷はないものの、前回同様、視界20メートルほどとなっていた。
今回も子供たちに、ここがどんなところかわからないまま帰らせることになるのかなあ・・・、そんなこと思いながらとにかく王ヶ頭ホテルまでの数キロメートルを歩き始める。娘は今回のために夏休みの自由研究と称して美ヶ原に咲く高山植物を調べて丁寧にノートにリストを作り、写真を見ながらスケッチまでしていた。歩き始めてすぐに「あ!シシウドだ。あれはアキノキリンソウ!」と、次々見つけ出していく。予習の成果ばっちり。霧で遠くは何にも見えないけど、こりゃあ、ちょうどい
いな。花を見つけるたびに後でノートに貼るための写真を撮りながら進む。しばらく行くと霧の中からぬっと牛が顔を出す。昔来た時は柵の外まで牛がいたものだが、今はきちんと柵の中。電気まで通っている。これは増えすぎた野生の鹿よけのためらしい。何でも貴重な高山植物まで食い荒らしてしまうほどだとか。
40年前の記憶を頼りにさらに進む。本当に視界は20メートルがいいところなので、長男がちょっと先に走って行っただけですぐに見えなくなってしまう。そんな中、「あのな。このあたりはずっと向こうの方まで草原が広がっててさらに遠くの方には北アルプスやら南アルプスやらすごい山々が見事に見えるんだぞ。心の目で見ろ!ほら見えてくるだろう?」「ほら、お父さんの心の目には今あの辺に美しの塔が見えてるぞ!」なんてここまで来れば超能力頼みみたいなことになって
くる。数分後予言通り正確な方向に見えてきた美しの塔。とりあえず鐘でも鳴らして次に進むとするか。
さらに10分ほども歩いただろうか、突然視界が開けだした。視界が30メートルほど広がる。なんだか空も明るくなり出し、う
っすら丸い太陽の形が見える。「お!見える見える!」「お父さん。牛だよ!あ、あっちにも。あ、いるいる。あんなにいたんだ!」みるみる50メートル、80メートルと視界が広がり、遠くにさっき通り過ぎた美しの鐘が見え
た。「すごいすごい。今写真撮らないといつまで見えるかわかんないぞ。」大慌てで写真を撮る。思った通り一瞬にしてまた霧に包ま
れるが、また再び視界が開ける。そんなことの繰り返し。目的地の王ヶ頭も見え隠れし始める。目標が見えると足取りもまた弾み始める。かくして想像上の美ヶ原に終わるという最悪の事態は回避できたというわけ。
王ヶ頭ホテルは美ヶ原の頂上「王ヶ頭」に建てられたホテル。6,7年前に私の両親が夫婦で泊まって素晴らしかったと感激し、勧めてくれていた。我が家にとってはちょっとお高いが思い切ってそこに決めた。ホテルは勿論建物も素晴らしいのだが、従業員たちが生き生きしていて気持ちがいい。山が好きな人たちが多いのだろう。向こうから山のいろんなことを説明してくれる。食事中、外の様子を見て、「夕焼けがきれいな時間ですよ。今見に行ったらどうですか?遠慮なくどうぞ。」なんて言ってくれたりする。夜にはスライドショーで美ヶ原の四季について語ってくれたり、その後はバスでナイトツアーにでたり。その日は霧が再び出て何にも見えなかったにもかかわらず、巧みな話芸で客を飽きさせず、帰ってくるとロビーでは熱いお茶とこんにゃくのサービスが待っていたりする。お見事と思わず拍手したくなるほどのサービス精神だ。
翌朝は5時過ぎの日の出を見た後、案内人による、周囲に咲く高山植物や山についてのレクチャーがあり、ラジオ体操、さらにバスに乗っての王ヶ鼻ツアーと続く。帰ってきたのは7時。「こんな忙しいホテルはありません。」なんて言ってたがその通りだと思う。
食事時にふと気になって従業員に聞いてみた。「ここの人たちは普段どうしてるんですか?」どうやらここには寮
があって従業員は皆ここで生活しているようだ。「だいたいみんな山が好きでここで働いてますから。そうでない人は自然にすぐに辞めちゃいますよ。」なるほどな。なんだかみんな客たちにここの良さを紹介したくてたまらない。という感じが伝わってくるのはそんな理由なんだろうな。朝の周辺を説明してくれた人が、途中、ブロッケン現象が見え始めたとき、「今日のは3重以上に重なってますよ。かなりは珍しいですね。どうぞ写真に撮って下さい!」なんて興奮気味に語っていたのが印象的だった。
帰りは台風の接近も気になり昼前には出発した。時折雨が勢いよく降るものの、思いの外順調な帰り道。ほとんど渋滞も亡く、夕方には無事家に到着。
かつて父親に連れられて行った同じ場所に今度は自分が父親として子供を連れて行く。なんだか妙な気がした。いつかは子供たちがその子供を連れて再び同じようなことをするのだろうか・・・。さすがにそればかりは霧の先を見通す私の超能力でも見通せそうにない。