ここ数ヶ月、あまりの慌ただしさにブログを書く時間もなかった。何ヶ月ぶりかな??
忙しさの原因の一つがこれ。
4月12日発売開始予定の本、「絵画組成-絵具が語り始めるとき」。
これは武蔵野美術大学油絵科、私が所属する絵画組成室が中心となって作った本。武蔵野美術大学出版局から出版され、全国の書店にも並ぶ予定。一言で言えば西洋絵画に関する技法書、ということになるかも知れないが、いわゆるハウツー本とも少し違う。
最近は、ムサビ油絵科の中での絵画組成室の存在について知る人もかなり増えているように感じるのだが、一般の人には何のことやらちょっと見当がつかないかも知れない。絵画組成室は油絵科の一部門として主に古典絵画の技法を柱にしながら、絵画に於ける技法、材料の基礎からその表現に至る思考や組み立て方を学ぶ授業を行っている。100人以上が作業できる教室には木工機材が備えられ、木材やキャンバス、油などを学生達が格安で購入し、パネルや木枠作りに始まり各自が必要とする下地作りが出来る環境が整っている。
1年次には主に講義によって技法史や素材に関する基本的な内容を学び、2年次には実際に絵具練り、下地作りの実習、またそれらを用いての実制作が行われる。3年になると選択で技法研究の授業が持たれ、フレスコ、テンペラ、北方ルネッサンス、ベネツィア派以降、17世紀オランダ絵画に至る油彩技法の中から模写を通して技法を学ぶ。スタッフは、主に主任である川口起美雄教授と非常勤講師の小尾修、塩谷亮の3人体制だが、さらにそれを補うように次世代の中尾直貴、柿沼宏樹が固めているかたちになっており、実質5人によって動いている。このような授業は他にもいくつかの大学でも持たれているが、設備の上でもスタッフの上でもこれほど充実している所は他にはないのではないかと自負している。
今回の本の出発は3年以上前にさかのぼる。「この先10年の我々の授業のスタンダードとなる本を作りたいと思う。」と言う主任、川口教授の言葉から始まった。それから1年以上毎月1回のペースでスケジュールを合わせ、5人の教員が勉強会とも言える編集会議を重ねながら、支持体から描画層に至る材料について、またフレスコからテンペラを経て油彩に至る技法史の流れについて原稿を書き進めていった。続く1年以上はそれらの技法史の流れに沿った特徴的な技法を元に実制作による制作過程を通して各技法の構築法を示す作業に費やされた。そして昨年秋からは編集部とのやりとりの中での校正作業。文章のやりとりから色校正、挿絵描きから表紙のデザインのための資料作りなど、出版作業には全くの素人の我々としては戸惑うことも多かったものの、新たな体験でもあった。
本は大きく3つの章から構成されている。
第1章は「九人の作家による表現論」。これはこの企画が持ち上がった当時の油絵科の全ての教授によるもの。各教授が自らの作品を含め、さまざまな作家の作品を取り上げながら表現について語っている。武蔵美には現在、描写力を基本とした具象系の作家から絵画の範疇を超えていく現代美術系の作家まで、非常に幅広い教師陣がいるのが大きな特色でもある。それぞれが作家として全く違った切り口から表現を語っており、評論家とはまた違う、作家の視点というものを感じてもらえるものとなっている。
第2章は「素材と技法の基礎」ある意味では絵描きにとっての事典とも言える部分になるのだが、単に材料事典のような説明的な部分は描き手にとって必要最低限にとどめ、むしろフレスコからテンペラを経て油彩に至るヨーロッパ絵画の技法の流れをその表現の変遷と絡めて記述することにより、技法、材料がいかに表現と結びついてきたかを示すことを心がけた。
第3章は「技法と表現の展開」。この第3章は今回の本の最も特徴的な部分と言えるかもしれない。本の総ページ数の約半分が第3章にあてられている。一般のこの手の技法書では制作過程を学生などに描かせているものが多いのに対し、この本では全てを絵画組成を担当する教員が描いている。合計11枚分の制作過程はそれぞれの時代に特徴的な技法を取り上げながら、単に描き方の説明に終わらないものとして作品化する過程を示した。これはおそらく現在の武蔵美の充実した教師陣なくしては実現できなかったものだと思う。
総ページ数264。しかし実際にはこれは相当に絞り込まれたもの。第2章の顔料や展色剤など、材料については、当初数万字分もあったものから必要最低限のものへと数千字にまで削られた。第3章の制作過程についても実際には20点近くの作品が描かれていたが、その中から今回の内容からは合わないと判断されたものは“遠慮なく”削られ、泣く泣くお蔵入りとなっている。それぞれ、授業の他に作家としての展覧会の締め切りに追われながらヒーヒー言いながらの作業。この年になって皆“再提出”の恐怖におびえながらの毎回の会合・・・。準備室のホワイトボードには「先生達のノルマ」と題してそれぞれの先生の名前の横にこれから描くべき作品の内容が書かれ、できた順にはなまるがついていく。ある日ふとみるとタイトルの「先生達のノルマ」の文字が「先生達はノロマ」に書き換えられてるじゃないか・・・。ちょっとトラウマになりそう・・・。
なんて、今になってみれば全部笑い話。大変なものも皆で乗り越えれば楽しい思い出になるもんだな。
そんなこと言ってるのも実は今日は最後の色校正が終わった後だから。これで我々にできることは全て終わり。後は出版を待つばかり。でも出版部の人にとってはまだまだ終わりじゃないんだろうな。いや、出版部の方々にはホントに迷惑かけてしまったと思う。事情がわからないことをいいことに最後の最後まで暴れてしまって・・・。この場を借りて感謝とお詫びを申し上げます。
だいぶ話が寄り道だらけになってきたが、そんなわけで既にアマゾンでは予約も始まっています。こちら。値段もぎりぎりまで絞って税込み3456円になりました。よろしければぜひ1度書店で手に取ってみてください。
最後に、3年間の重荷から解放されちゃった人間達の今日の写真から。
すっかり解放されるとこんなになっちゃうものかと温かい目でご覧下さい。・・・塩谷君が一番面白いな・・・。